玄関で手作りのくす玉が、ひらひらと朴訥に祝いの言葉で歓迎してくれた。

「祝 まちとしょテラソ開館1周年」

小布施の町立図書館まちとしょテラソが今月7月で開館して1周年を迎えた。3日間開館記念行事が行われ、そのフィナーレが19日のシンポジウム。
タイトルは「デジタルアーカイブで遊ぶ、学ぶ、つながる」。
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この日も一般の人々がたくさん勉強したり本を読んだりしている。ここはいつ来ても活気がある。シンポジウム会場はそんなテラソの東の一画。七夕ムードに飾られた館内にふさわしく、浴衣での受付は情緒たっぷり涼の演出。

正面には大きなモニター、サイドに記録用のビデオカメラが配置され、さながらテレビスタジオのような趣。図書館利用の子供が周りを興味深そうにぐるぐる回っている。
日常の図書館の光景に加わったお祭りのワクワク感とちょっとした緊張感。夏の日差しが大きな窓から差し込んでいる中、シンポジウムが始まった。

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「この写真は大正15年の小布施の町の真ん中を走る道の写真です。」
シンポジウムの冒頭に挨拶に立った小布施町の町長、市村良三氏の言葉と共に提示されたのは印刷された白黒の写真。

シンポジウムのテーマが「デジタル」なのに初っ端の極端なアナログ資料の提示に驚く。しかし、シンポジウムのサブタイトルを見るとその意図が伝わってきた。

「デジタルアーカイブで遊ぶ、学ぶ、つながる」
  ~100年前の小布施人が伝えたもの 100年後の小布施人へ伝えるもの~

市村氏は、こういう古い資料が雄弁に物語ることを未来に繋げることの重要性を語る。つまり「未来に向かう社会」がよりよくあるための過去と未来のかけはしがデジタルアーカイブだと。ここでシンポジウムのテーマとサブタイトルの意味がしっかり絡まり合ってつながった。

続く、国立情報学研究所 丸川雄三氏による基調講演。

「たとえば、このまちとしょテラソは何となく本を読みたくなるような図書館。その何かしたくなる、というのが大切。あるだけで何かしたくなる、そんな風に“文化”を発信していくことで何かが生まれる土壌になる。」

そう話しながら大きなディスプレイに触れる。サムネイルの風景画が一気に全画面表示になり、さらに部分拡大も。トラの画像を拡大すると今にも食いつきそうな迫力に。

確かにこれは、いじりたくなる。

こういう作品は美術館で実物を見るか、美術全集のようなもので写真で見るしかない。が、ガラスケースやフェンスに囲まれた本物には近づくことが出来ず、美術全集では写真の画像の細部の陰影はつぶれてしまう。けれど、デジタルの映像はあざやかで、拡大しても細部までくっきり見ることが出来る。様々に作品を“いじって”いるうちに、いろんな“発見”もありそうだ。

「何かが生まれる土壌になる」……なるほど、確かにうなずける。

丸川氏は文化財をデジタルデータ化し、たくさんの人達がいろいろな形で活用できるよう研究を進めている。これをデジタルアーカイブと呼ぶのだが、「これは、記録のデジタル化と言うよりは、“電子記憶”と呼んだ方が適切」という。

単なる記録ではない、単純に文化財をコピーするだけでもない。そこに“情報”を加えて一緒にデータ化することでコピー(記録)ではなく文化的な財産として価値をもったひとつの新たなデータ(記憶)になる。「人の手による作業」というアナログ的なものが加わり、埋もれていた文化財が生き生きとよみがえる、それがデジタルアーカイブだ。

こうしてよみがえった記憶を活用しやすいようにデータベース(目録)を作り、そこではじめて、人々はこの新たな記憶を「コンテンツ(記事)」として活用できるようになる。誰もがわかりやすく簡単に記憶をたぐり寄せることが可能になる。

たとえば、ジンボウナビ。古本屋の町、神保町のガイドがタッチパネルで自由に呼び出せる。絵引きギャラリー。画面に並んだたくさんの画像から興味のある文化財にタッチしてその詳細を知ることが出来る。そしてさらに、まちとしょテラソにも備えてある“連想検索”「想-IMAGINE」。キーワードをもとに関係図書・情報を探すことが出来るシステムだ。

さらにコンテンツをもとに新たなテーマでまた別のコンテンツを組み上げる。それを「メタコンテンツ」という。その例として丸川氏が見せてくれたのは「葛飾北斎」というキーワードから情報を集めた「連想新聞」だった。メタコンテンツと聞いてもピンと来なかったのだけれど、「連想新聞」の話を聞いて思いだしたことがある。

わたしは教員時代、中3生の修学旅行の「栞」を作るときに生徒とこれをやっていた。目的地は京都・大阪。金閣寺・清水寺、USJ・海遊館……。1人1カ所を担当した生徒たちはPCでそれを調べ上げ、他の生徒がそこで何をどんなふうに見たらいいのかのガイドを創った。

USJではどんなアトラクションがあって、どこにどんなおみやげがいくら位で売っているか。金閣寺は誰がどんな時代になんのために建てて、どこが写真スポットで……などなど。まだPCの扱いにも慣れない生徒たちが、自分の行きたい場所のガイドを作るうちに思いもかけないデータを集め、それをコピペし自分たちで見出しや解説をつけながら創り上げた自分たちのためのガイドブック。

わたしは見ていてその発想の豊かさや、視点の面白さに感心した。教師が教えるという観点で作る栞はそれなりに意味がある。だけど、生徒たちが自分で行きたい場所を人に伝えたいという想いから創り上げたそれは、荒削りだけど「伝わる」「わかる」という点ですばらしいものだった。

「メタコンテンツ作りは、必ずしも専門知識が必要ではありません。」

丸川氏のその言葉に、わたしは大きく心の中で同意した。市販のガイドブックやテレビの情報から選んだ目的地について生徒たちはほとんど何も知らない。だから一生懸命に調べる。わからない、知らないからこそ掘り下げる視点は目新しい。そこから「生まれる」新しい発見・認識や価値観。

まさに、過去の財産を今によみがえらせ、未来に繋げるかけ橋。今を生きる子供たちが、過去に学んで新しい価値観を想像するためには大きな力となるはずだ。

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「今日の講演、学校の先生は聴きに来ているのでしょうか?」

丸川氏の基調講演で,このテーマは学校現場にもものすごく必要なものであることを感じたわたしは、講演後の休憩時に花井館長をつかまえて質問した。

授業で教え込まれることの多い「学校」の中で、自ら学んでつかむための大きなヒントがここにある。おまけにこのまちとしょテラソは小学校に隣接している。これだけハードもソフトも充実し,それを使いこなす人がいるすばらしい施設を活用しない手はないし、今日の講演も先生たちが聞いたら、絶対に現場で役に立つ。

だけど、答えは残念ながら「NO」だった。まちとしょテラソが今回のサブテーマにかかげている「100年後の小布施人へ伝えるもの」……その100年後の小布施人に繋げていくのは、まぎれもなくこの小布施町の子供たちなのに………。その子供たちを実際に学校で育てる者が誰も来ていない……。

それは、ものすごく残念でもったいないことだ。こんな風にどんどん発信しているパワーあふれるスポットが近くにあるのに。「外に飛び出す図書館」がある町で学校はいまだに外と繋がろうとはしていない。せっかくの発信も受けとめるべきところが受けとめないと繋がってはいかない。

それは、ここ小布施に限ったことではないと思う。いや、小布施でさえもまだ難しい課題なのだとしたら……まだまだ、「未来を作る子供たち」に過去の財産を繋げていくのは難しいことなんだなぁ……と、ものすごく残念に思った。

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休憩後、「小布施百人選」の紹介が花井館長から、小布施の町内旧家文書デジタルアーカイブ実例集が小布施史料調査会の小山洋史氏から、「小布施ちずぶらり」について開発者の高橋徹氏から、「鴻山文庫」デジタルアーカイブの紹介が国立情報研究所の中村佳史氏から発表された。ここではその概要を掲載する。

小布施百人選:小布施町を作った人々を100人選定。町づくりの想いと知恵を本人が語ったものを映像と書物にて「人物史」としてアーカイブ化。先人から学び、今を生き抜く羅針盤の役目を果たすものとして,また未来へのタイムカプセルとして考えていく。……100年後にはすべてが大切な宝物となるはず。 (花井館長)

町内旧家文庫:小布施町の旧家に眠る資料を集めてデジタルアーカイブ化。横浜国大の協力を得て、検索システムを整備。調査しているうちに新しい史料(葛飾北斎の書状)も発見された。 (小山氏)

小布施ちずぶらり:iPod,iPhone用に開発された地図アプリ。18世紀後半の小布施の古地図・オリジナルイラスト地図・Google Mapを切り替えつつ、GPSで現在地を表示しながら小布施の街を歩くことが出来る。いろいろな人の作った地図を活用して拡げる研究も進められている。(高橋氏)

鴻山文庫のデジタルアーカイブ化
:旧小布施図書館に眠っていた高井鴻山の遺産「鴻山文庫」をまちとしょテラソに整理・保管。人々が閲覧できるようにデジタルアーカイブ化。立体感のあるあざやかな映像として鴻山文庫がよみがえった。地方文化を支えた鴻山の「コレクション」の固まりを財産としてまとめた。(中村氏)

小布施の町の財産が……100年後につながるものが今このまちとしょテラソを中心に宝の山として積み上がりつつある、そんな感動を覚えた。もし、小布施を訪れる機会があるのだったら、是非まちとしょテラソに寄ってそれらを体感して欲しいと思う。

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3時間半に及ぶシンポジウムのラストは発表者すべてによるディスカッション。今日の濃密な発表に呼応するように深く鋭い質問が飛び交った。

「デジタルアーカイブ」はまだまだ人の中への浸透率が低い。プラスの面ばかりでなくマイナス面、デメリットも当然あり、それは発表者各自もメリット同様に明言していた。また、普及にはソフト・ハード両面や環境面での困難さも多い。その点を発信するもの、受けとめるもの、両者がきちんと理解し合い、ふまえながらこの先も進めていくことの大切さが語られた。

個人情報の問題・著作権の問題。古地図を扱うには差別の問題も。一般に「公開」すると、かつてグーグルアースのストリートビューで問題になったような様々な問題が浮上してくる。法規制や個人のプライバシーをふまえてこれらに取り組むことと「情報の公開」との間にはまだまだ課題がたくさんある。

さらに二つ、大きな課題が提示された。

「なぜ、小布施(まちとしょテラソ)からの発信」なのか。そして「なぜ今、この時に無駄かもしれないことに金をかける」のか。

この答えについては,きっと今すぐには明確な回答は出ない。100年先になってはじめて見えることに今地道に取り組んでいる過程なのだから。けれど、今回のパネラー各氏の回答の中に、今も大切な想いが……将来につながる想いが浮かび上がってきていた。それは、過去の大いなるものを今よみがえらせ、未来へと受け渡す地道な努力を積み重ねている各氏だからこその言葉なのだろう。

小布施は実験の大好きな町。まずやって見よ、と遊ばせてくれる町。人のためになるのだったら進んで「小布施モデル」を作ろうとする気質がある。もしかしたらそれは、北斎はじめ「よそ者」を受け入れるばかりかつかんで離さないおぶせびとのDNA……。福岡出身で自らも小布施につかまれた花井館長が語る。

おぶせびとの小山氏(氏は小布施で天明時代から味噌を商う穀屋の主人でもある)がそれを受ける。城下町でも門前町でもなかった小布施は、市で成り立ってきた町。情報や人やものが外から入ってこないと成り立たなかった町。入ってきたものを発酵させて生きてきた。だからよそ者大歓迎の町だった、と。

そんな小布施町が、公費をかけて一見報われないもの(無駄なもの)と思われるものになぜ取り組むのか?という質問に答えて花井氏。

「地球を作ったのは僕たちじゃない。過去の100年、未来の100年の中で今、僕たちが生かされている。僕たちは今の人達だけのためにサービスするのではなく、もっと長い物差しで公務にあたり繋げていくための努力をするべき。」

受けて丸川氏が今、文化庁を中心にした取り組みについて語る。
「日本が文化的なものをどれだけ発信するのか、それがとても大切になってきている。急がないと失われつつある文化遺産の維持が難しくなってしまう。」税金を使って文化事業に取り組むことが急務である実態と共に、「IT化によりコスト削減の効果も考えられる。そういう期待に応えられるだけの成果を上げないといけない。」と、公務として取り組むものの覚悟も。

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3時間半にわたるシンポジウム、最初は長いなぁ……と思っていた。

けれど、これだけの濃い中身と課題の提示、その検討の時間は気が付くとあっという間だった。多分、まだまだ語り尽くせない想い、聞き出したい問題、そういうものもたくさん残っていたに違いない。けれど、それらはこれからの小布施やまちとしょテラソの取り組み……「小布施モデル」から我々が受けとめるものだろうし、またそうしていくべきなんだろう。真剣に我々を先駆ける小布施の姿から見つけ出すものなのだろう。

最後に再び挨拶に立った市村町長はこう語った。

「今の世の中、ものの尺度になる物差しが小さくなってきている。だからこそ我々は、いくつもの様々な物差しを持たないと危険だ。今、空気を読むことが大切といわれているけれど、この“空気”に対抗できるだけのものがないといけない。そのためには様々な物差しが必要で、それを生み出していく取り組みのこれからに期待したい。」

人々の地道な努力と積み重ね。それは、決して表に華やかに示されるものではない。いつの間にか町の片隅で,家の中で、実用化されて活用されていく。けれどもこの蓄積があってこそ、未来を作る子供たちの活動につながっていく……。という司会の中村氏は最後にこう締めくくった。

「100年前から100年後へ。この理念を持って今、誇りに思い伝えるべきものを伝える努力をする。ここからがまた新たなスタートです。心して遊びましょう。」

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小布施という北信濃の小さな町。
そこに静かに、しかし熱く積み重ねられつつあるものたち。今はまだ、その価値も真価もわからない。もしかしたら風に吹き飛ばされる小さなチリのようなものかもしれない。

けれど、長い長い昔からのものを今、受け継ぎ、熟成し、発酵させながらまた新たな物を生み出し、そうしてこの先の長い長い年月を繋いでいく。出発は小さな吹きだまりかもしれないが長い時を経たその先に、それはやがて積み重なって地層を形成し、この先の時代を構成する大きな山へと変貌していくのだろう。

今を生きる我々は、それを受けとめ受け継ぐ。未来を生きる人のために。未来を作る人達のために。

「図書館は、今まで何処もみんな同じが当然でまったく“議論”してこなかった。もっとお互いに情報交換しつつ、それぞれの立場で違う業態があっていい。うちはうちで持っている情報がある。それを編集して自分たちなりの表現をしていくことだね。」

この日、すべてが終わったあとの懇親会で伊那図書館の館長である平賀研也氏はこうつぶやいた。

小布施町の試みから発せられるエネルギーが、伊那市につながった。これが長野県、さらに日本の国をおおって巻き込んで拡がっていくことで、新しい未来につながっていくに違いない。それを受けとめるのはわたしたち。そして繋げるのは子供たち。

小布施の真似は決してできない。まちとしょテラソと同じ事をやっても意味がない。この発信を受けたもの……図書館も、学校も、役場も、地域の住民もあらゆる職種の人々も……それぞれがそれぞれの立場でできる小さなチリの積み重ねをはじめること。

その「小さな積み重ね」がみんなひとつに集まれば山となり、長野県、日本、そしてやがては世界の宝となって100年後につながっていく。

まちとしょテラソの1周年は、100年後への第一歩をここに記して盛会に終わった。

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写真・文 駒村みどり

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