「不登校」と向きあって
〜教師として・母として〜
「不登校」は、かつては「登校拒否」と呼ばれていました。 でも、自分で「拒否」したわけじゃないんですよ。 みんな悩んで、求めているのですよ。 そんな気持ちを叫ぶことのできない子供達の代わりに そう願ってこのページを書きます。 |
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「不登校」・・・学校に行かないことを選択した子供達のことを
今はひとくくりにそう呼んでいます。
でも、その一人一人みんなの想いは違うし、どんな状況かも違います。
ただ、どの子もみんな共通してある想いを持っています。
「ぼく自身を認めてください」
「私自身を見つめてください」
「自分を一人の人間として、見て、認めて欲しい」
もちろん、その想いは普通に学校に通っている子にだってあるでしょう。
でも、不登校やそれにかかわる心身症の子供達は
人一倍その思いが強くて、人一倍その思いを支えにしているのだとおもいます。
その支えが消えてしまった時、
学校に行く元気も、友達とつきあう元気も、勉強する元気も
もっといくと生きていく元気も
なくなってしまうのではないのかと思います。
私は、日々、教師としてそういうたくさんの生徒さんとつきあってきました。
もう一つ、私自身が、「不登校生」の母親でもあります。
そういう立場で見ていると、もし今、この時代に私が学齢児だったら、
私もきっと「不登校」になっていたんだろうなと思ったりもします。
だから今、不登校で悩んでいる生徒の気持ちが自分に重なって見えます。
そして、不登校の子供を持って悩んでいるお家の方の気持ちも痛いほどわかります。
クラスに来られないお子さんのいる先生方の気持ちもわかります。
いろんな立場から、「不登校」を考えてみたいのです。
一緒に考え、一緒に悩んだら、見えてくることもあるのではないでしょうか。
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