カタカナの「ラ」が、傘をかぶったら?……「傘に、ラ」の試み(その1)<’09.12月掲載>
~そして、それでも、こうしてわたしたちは生きている。~
12月6日、日曜日。
師走の最初の日曜日の逢魔が時。
長野市善光寺の門前町にある「ナノグラフィカ」で、あるイベントが開催された。
「傘に、ラ。 vol.4 ~怪シイ会ニ誘ワレテ気分ハ憂鬱~」
時間になると、突然朗々とした声が会場に響きはじめた。
その声は、「彼」というひとりの人間のある時の生きざまをとうとうと語り続けた。
「彼」はうつになり、「彼」は仕事を投げ出して失踪し、「彼」は苦悩する。
だけれども……「彼」は生きている。今でも、生きている。
「彼」は、それを語る「ぼく」であり、それを語っているのはこのイベントを企画している「なかがわよしの」氏である。
このN-geneにも「なかがわよしのの400字」というタイトルで、短い日常の一コマを描いた文面で、読んだ者に何とも言えないいろいろな気持ちを呼び覚ます、そういう連載を続けている彼だ。
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わたしの元に、一通のメッセージが届いたのは、10月の末のこと。
「出演のご相談」というタイトルで届いたそのメッセージには、こう書いてあった。
ええと、
最近、即興朗読のイベントを
はじめました。
自分は即興で
ポエトリーリーディングをやります。
ただ、ひとりでは物足りなくて
「この人と面白いことがしたい!」
と思う人といっしょにイベントが
できたらなーと
考えています。
自分もうつ病経験者で
今も通院しているし、
薬も飲んでいます。
ただやはりまわりの反応が怖くて
おおっぴらには告白できないでいます。
偏見をなくしたい、というよりも
うつでも生きていけるさってことを
コマちゃんと伝えられたらと思います。
ちょうど、この10月、わたしは自分の住んでいる地域の主催する講演会で、うつについての講演を頼まれていた。自らのうつの体験を元に、うつについて知ってもらうことで「人ってみんな一生懸命に生きてるんだよ」ってことを伝えたい、それをテーマに講演を組み立てていたわたしは、この「うつでも生きていけるさ、ってことを・・・」の一文にとてもひかれた。
やります。
すぐにそう返事を返しつつ、ひとつなかがわさんに質問した。
「傘に、ラ」って一体どういう意味ですか?……と。
その返事として帰ってきたのが、これだった。
傘にラ
というのは
「今」という意味です。
「今」の
上の部分が「傘」で
下の部分が「ラ」です。
「今」………そうか、「今」かぁ。
わたし自身、心にいつも持っているテーマが「今を大切に生きる」ということ。なので、なかがわさんが「今」というテーマを持ってやっているこのイベントに声をかけてもらえたのが嬉しく、とても楽しみになった。
11月の末、当日を前にした打合せの時は、それぞれのうつの体験を語りながら、来てくれた人に何を持ち帰ってもらおうか、という話で討論し、気がついたら3時間近くも話し込んでしまっていた。
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なかがわさんの「詩の朗読」では、彼の自らのうつに対したときの赤裸々な思いを、その「彼」を横で見つめている「ぼく」という人物がとうとうと語る。
時に重く、時に軽妙に、流れ出すその言葉の力。
それはまた、わたし自身のうつの体験とも重なって、心にどかんとぶつかってきた。
詩の朗読からそのまま、わたしとのトークセッションにはいる。
「スマイルコーディネーターって、なんですか?」
それは、わたしの肩書きとして名刺にも書いてあることば。わたしが2度のうつ体験から立ち上がったときに、心に浮かび上がった自分の方向を示すことば。
それが何かと問うなかがわさんの言葉につられて、わたしも自然に自らのうつの体験を語りはじめた。
それはもう、数分じゃ語れない。
「スマイルコーディネーター」という肩書きで自らの道を歩こうと決めるまでには、2回のうつの体験と、そこに至るまでの仕事での学びと、苦しみと……から始まっていることだから、結局25年という間の自分の教職生活をかいつまんで話すことになる。
できるだけ簡潔に、必要な部分だけ……そう思いつつも、「だから、スマイルコーディネーターなんですよ」っていうところに行き着くまでには30分以上もかかってしまった。
けれども、そこに至るまでに、自分の体験となかがわさんの体験とをお互いに語りあい、絡ませながら進んでいて、多分、その場にいる人たちには「うつってこういうことなんだ」ということが伝わったんじゃないのかな、と思っている。
そして、2人で決めた、この日来た人に知って欲しかった想い、
「うつ病だっていって、特別扱いする必要も、特別視する必要もない。
うつという病気にかかった『人間』がそこにいるという事実があるだけ。
みんな同じ人間で、その人がうつだとか、今朝の寝起きが悪くてつらいんだとか、ものすごく良いことがあってうきうきしているとか、そういう『状態』がそこにあるだけ。みんな、『生きている』ってことでは同じなんだ。」
……と、その部分に流れを持って行かれたのかどうかは、実はわたしもなかがわさんも、結構テンパっていたりしたのでちょっとわからない。
でも、なかがわさんのこの『傘に、ラ。』企画全体に流れる柱であり、わたし自身も自らの柱として持っている共通のテーマ、「『今』を必死で『生きている』」ということ、それは1時間半という間のお互いの話の中、自分たちの経験を通した想いの中に織り込んで、できるだけ伝えたつもりだ。
そんなこのイベントに参加していたひとりの方に、どんな感じだったのかをこっそりお聞きしてみた。
・・・・・・
まるで、「昨日ね~こんなことがあったのよ~」というように、軽妙に語られてはいましたが、それはまさしく体験した者しか語ることのできない、辛く、苦しい、体験談でした。でもお二人とも、沢山の笑顔と、ユーモアで、その辛い過去を明るく話してくださっていたのが、印象的でした。
二人とも、真面目で、ユーモアがあり、能力が高く、でもだからこそ、鬱病になったのではないかな?と何度も思いました。
「あぁ、鬱病って、よいひと がなる病気なんだ。」って。
でも、お二人とも、内服や、環境を変えることで、それを完全に克服し、その上で、自分たちのようにならないために、自分たちが体験した辛さの中にいる人たちに、どう接したらいいのかを語ってくださっていました。
中川さんの
「鬱になってよかった、なんて絶対に思えない」
と言う言葉。
スマイル・コーディネータ、コマちゃん自身の笑顔が、
いまでも忘れられません。
・・・・・・・・・……
このイベントが終わった後、わたしはこの記事を書こうと思っていたので、なかがわさんにちょっとだけ取材をした。その時に、改めて「なんでこの企画をしていこうと思ったのですか?」という質問をしたのだが、その時の答えは、この先にまだ続くなかがわさんの他のイベントの記事で書かせてもらうことにして、もう一つ、翌日になかがわさんから届いたメールの一節を、ここに転載させてもらおうと思う。
うつ病への理解とか
うつの人を助けたいとか
自分にはそういう使命感もないのですが、
昨日のトークセッションで
思い出したことがあります。
傘にラを始めた根本の根本には
自分が病気になって
迷惑や心配を掛けた人たちに
「僕はそれでも生きてます」
ということを伝えたい
という気持ちがありました。
それは大切なことなのに
忘れてました。
思い出すことができたのは
昨日のイベントのおかげです。
一緒におはなししてくれて
ありがとうございました。
なんかうまく言えんですが
とにかく、ありがとうありがとうありがとう。
ってことです。
人それぞれに、必死で生きて「今」がある。
それぞれの「今」が出会い、絡み合って新しい「明日」が生まれていく。
なかがわさんとのイベントを通して、お互いの「今」を持ち寄ることで、「明日」への可能性がより大きく広がるんだ、ということを感じさせてもらった。
わたしからも、ありがとうありがとうありがとう。
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なかがわさんの「傘に、ラ。」のイベントは、この後も続きます。
このイベントを、数回かけて追っていってみようと思っています。
今後の予定は、以下の通り。
10年1月10日(日)「傘に、ラ。 vol.5 ~本当に好きな人は手に入らなかった~」
10年1月24日(日)「傘に、ラ。 vol.6 ~荒ぶる言霊~」
10年2月21日(日)「傘に、ラ。 vol.7 ~たかが芝居だ!~」
10年3月14日(日)「傘に、ラ。 vol.8 ~僕たちはフィッシュマンズを聴いて育った~」
(詳細は、なかがわよしのの400字のページの左枠のなかをご覧ください)
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写真協力:なかがわさんのお友達 文:駒村みどり
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