「なから」がもたらす可能性(2)~セガレとセガレのBBQ<’10年7月掲載>

7月11日、日曜日。天気は、あいにくの小雨模様。
菅平の裾の須坂でさえ肌寒い……さぞかし上は寒いだろうと長袖を着こんで会場に向かった。

けれど、会場に着いたときに思った。
どうやら長袖の必要はなかったのかもしれない……と。

※ここまでのことは「なから」がもたらす可能性(1)をご覧下さい。

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会場は菅平高原グリーンパーク。会場併設のグランドでは夏のシーズンの菅平名物、ラガーマンの練習風景が雨にもかかわらず展開している。

屋内のBBQコーナーは、すでに材料が並び始めて準備が整っていた。そして感じたのがそこの熱気。まだBBQの鉄板に火が入ってもいないのに、なんだかすでに熱いのだ。

「何かが、ここで起こりそう」……そんな予感がびりびりとしてくる。
そして、その予感が的中したことは、そのあとすぐに判明した。

「乾杯!」
間島さんの音頭で乾杯したあと、代表の児島さんの挨拶。それからメンバー自己紹介。
まずはこのイベントの関係者。東京から来たセガレメンバー5名。つづいて長野側の間島さん関係者。みんな話が面白い。というか、つい耳をかたむけて聴き入ってしまう話ばかり。……まだ、ほんの自己紹介なのに。

その感じは、多分わたしだけのものじゃない。だって、目の前にあるごちそうや飲みものを手にとりながら、誰一人として自分勝手に騒ぐ人なんかいない。話す人を見て真剣にその言葉を聞く。40人もの人たちがほそなが~く座っているから決して聞きやすい状況じゃないのに。

「みんなやってたら時間かかるだけだよね、それぞれで話をしながら自己紹介してください~。」

自己紹介はそこで中断。そしてたくさんの「セガレ(とセガール)」たちはたちまち入り交じってとけ合っていった。

参加メンバーの職業は本当に多彩だったし、活動地域もバラバラ。

地元観光地の旅館やホテルのセガレ、レタス農家の方、プロスノーボーダーの方、山野草などの花卉を栽培・通販している方、ステンレス創作をしている方、横浜でシステム開発をしている方、小谷村の写真を撮り続けて発信している方、印刷会社のセガレ、地元の広告代理店の方、などなど。中には遠く南信の阿南町から駆け付けた写真屋のセガレも。

まずは横浜のSEの沓掛さんとセガレメンバーの静岡のミカン農家のセガレ、わたるさんに話を聞く。ネットでこのイベントを知ってわざわざ横浜から駆け付けた沓掛さんは、実家が青木村で農業を営む、まさにどんぴしゃの「セガレ」。

「そうですね、家に戻るのには迷いがあるけどいずれは考えなくちゃならない……。」

田舎に引っ込むとSEの仕事は激減する。しかし都会から仕事を受けようと思うと費用の面で避けられる。今は国内よりも海外に発注した方がずっと安上がりだから。では家の仕事を手伝うか……というと生活の面でもかなり不安だ。

その迷いは、多分「セガレ」たち共通の悩み。東京のセガレたちはそういう悩みについての勉強会や意見交換会を開くこともしている。

そういう沓掛さんを「メンバーにいつでも歓迎しますよ!セガレは会社じゃない、サークルのようなものだし。」と受けとめるわたるさんは、東京で経営コンサルタントをしている。自分の実家だけでなく、農家の人たちがちゃんと生活できる、生活するだけの収入を得られるようになる手助けがしたい、と語る。

「でも、自分が出来るのはアドバイスだけです。自分たちは作っていればいい、というだけの農家じゃ手助けは無理。」

自分の家だけもうかるようにするのは多分すぐ出来る。でもそれじゃぁ「農」を考えたときに意味がない。“日本の農業”がきちんと成立するようにしなくては。そう語るミカン農家のセガレは、誇りある「日本の農家のセガレ」でもあるのだなぁ。

セガレつなぎに身を包むあつしさんは、酒米作りの農家のセガレ。代表の児玉さんが、東北の酒蔵の「セガレ」と縁があり、その縁をあつしさんに結びつけた。あつしさんの実家の造る酒米と、酒蔵のセガレとがコラボして出来上がったのは「オヤジナカセ」という名のお酒。父の日に向けてかなり売れたようだ。

「父の日が過ぎたら売れなくなりましたけどね、でも、父の日用のお酒、という位置づけでいいじゃないか、と思うんですよ。オヤジとセガレを結びつけるきっかけになるようなお酒になったらいいなぁ、と。」

久しぶりの帰省に、オヤジと飲もうとセガレがみやげに持ち帰る、もしくは久々に家に帰る息子と飲もうとオヤジが用意して待っている。帰れないけど感謝の気持ちを込めてオヤジに贈る、などそんな時に、この酒を……とあつしさんは言う。そんなメッセージ性(物語)のあるお酒、素敵だよなぁ。

間島さんとこの企画を盛り上げようとがんばってきたのが同じデザイン会社に勤める関さん。なんでこの企画に関わったのか?と聞いたらこういう答えが返ってきた。

「広告って、人を元気にするためのものじゃないですか。自分はそう思って仕事している。うちの会社は社長始めそういう人が集まってて、間島さんもそう。
広告ってものすごくいろんなことにつながることが出来る仕事。結局、人を元気にすることやそういう集まりの中から情報がどんどん集まってくる。こっちから発信するとまた集まってくる。そうしていろんなところとつながって、どんどんみんなが元気になったらいいじゃないですか。」

……広告は人を元気にするためにある。あったかい言葉だなぁ。

同じく上田セガレチームの大久保さんは、菅平プリンスホテルのセガレ。日本のダボスと言われる菅平はスキーのメッカだけれど、スキー人口は減少、各地のスキー場はどんどん苦しくなっている。

「菅平はまだ、夏のラガーマンの合宿があるからいい。他のスキー場と比べたら落ち込みは緩やか。けれど、この先を思ったら「春」や「秋」も考える必要がある。」

そう語る大久保さんが今取り組んでいることは、“ほっとステイ”。真田町と協力し、都会の子供たちを菅平に泊めて、真田町の農業体験&お年寄りとの交流を組み込んだ体験ツアーだ。このほっとステイ、セガレ代表の児玉さん出身地の武石村がやっていたことで、それを見に行った大久保さんが、都会のクールに見える子供たちが帰るときにお年寄りとの別れに涙を流す様子を見て「これだ!」と思って取り組みはじめたそうだ。

最初は「儲け」のことが頭にあった。採算を考えてがんばったときもあった。けれど、大久保さん自身が「お年寄りの無償の善意」に触れて考えが変わった。この企画は「信州しあわせ村」という団体でやっている。団体自体の儲けなどはほとんど無い。けれど、これを続けることで何か見えてくるはずだ。その手応えは確かに感じている。

現在、このほっとステイは長野県内で武石と真田町の他、青木村、立科、長和村、茅野が「長野県ほっとステイ協会」として横のつながりを持ち、フランチャイズ形式でお互いに支え合いながら活動を続けている。

その大久保さんに、「ここで何が起こっているのか」もよくわからずに引っ張ってこられたのが伊藤さん。「自然回帰線」という名のペンションのセガレだ。伊藤さんは元、自転車のレーサーだったが腰を痛めて菅平に帰ってきた。
彼とはあまりゆっくり話も出来なかったけれど、最初は周りの熱気に押されっぱなしだった彼が、帰った翌日Twitterでつぶやいた言葉は印象的だ。

「一晩開けても興奮冷めやまぬ。それは、きっと自分の中で何かが変わり始めた証拠だと思う。」

間島さんつながりで、カメラの仕事と兼ねてこの集まりに参加した南信、阿南町の写真館のセガレ、後藤さんもこう語る。

「離れて気が付く地元の良さって、ありますよね。自分も、この先写真を通して地元の南信州、阿南(新野の雪祭り・盆踊りで有名)の魅力を伝えていきたいと思っています。こういうイベントがまた開かれるのだったら、都合がつけば遠くても是非参加したいですね!」

セガレたちの集まりの持つ熱は、こうしてまた新たな熱を呼び覚ましたのだ。

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こんな風にたくさんの人たちの話を聞いてまわっているうちに、これだけたくさんの業種、職種、地区の人たちの集まりであるにもかかわらず、あるひとつの「共通点」があるように思えてきた。なんだろう?もうちょっと話を聞いてみる。

「セガレメンバー」の一人、湯田中のりんご農家のセガレ山本さん。彼はやはり幼い頃からりんご農家の大変さを感じて、兄に続き自らも地元を離れた。今、弟が家を手伝っている。「家を継ぐ」事について親は何も言わないし、責められているわけでもない。けれど、かえってそれが辛かった。自分の中では「何も出来ない、何もしていない」後ろめたさがずっとあった。

そんな時に東京で「セガレプロジェクト」に参加するようになった。
メンバーはみな「セガレ」である後ろめたさを持ちながらも、決して後ろ向きにはとらえていない。むしろそれぞれが出来ることをそれぞれの立場でやること、それを「楽しむ」感じ。

地元でりんごの手伝いをするのは、今の自分には出来ない。それじゃ、自分に出来る事って何だ?……そう考えた山本さんは、実家が作って売っているりんごジュースに目をつけた。ただ何もラベルのない瓶に詰めて売っているだけ。ここにちゃんとデザインしてラベルをつけたらどうだろう?

広告プランナーの山本さんは、友人のデザイナーの協力を得てラベルを作った。貼って売り出した実家のりんごジュースの売上げは、今までとはぜんぜん違った。自分も家の役に立った。親も喜んでくれた。無理をして家に戻って家で働くこともひとつかもしれないけれど、こんな形もあるのかもしれない。そう思えるようになった。

橋詰さんは旧武石村(現上田市)で、豚とトマトをやっていた農家のセガレ。やっぱり農業のつらさがあって、「継ぐ」という気持ちはなかった。兄は地元にいるが、別の仕事に就き、実家の農業は一回途切れた。

母親がずっと、花作りをしていた。花を育てながらいろいろ苦心する母の役に立ちたかった。そこで橋詰さんは花作りの専門学校に進学するためにいったん地元を離れた。その間いろいろ考えた。
自分の地元の武石村も、若い人たちが離れてどんどん寂れている。それはなんだかいやだった。実家はトマトもブタもやめてしまったけど、農地や設備は残っている。無からの出発ではなく「ある」ところから出来る。……「あるもの」で何が出来る?

そう思って地元に戻り、地元の花屋で働きながら実家の畑で今いろいろな野菜作りに取り組んでいる。彼は農協には入っていない。農協にはいると最低価格は保証されて、安定感はある。けれどそのためにはある程度の量産をしなくてはならない。今の状態で量産を考えたら人手も時間も足りない。そのために無理を重ねるのは何かおかしい。

計画的には出来ないけれど、代わりに自由度はある。自分でやることによって、お金で買えないものが手にはいる。自分が作った物を直接近くの店やレストランに卸して食べてもらう。「おいしかった」とまた買いに来る子供の感想を聞く。

「無理してやることはない。」

今ある農地で、今得られる力で、どのくらいあげられるのかが課題、と彼は言う。

その彼の言葉に同意するのは菅平で有機レタスを作っているまる文農場の小林さん。彼の祖父は上田から菅平の開拓史としてやってきて、その畑を守る3代目セガレだ。
JAは保証があるけれど、そのために量産が必要だ。それにある程度以上には高値で売れない。自分で直接売ったらもうちょっと高値でも売れる。そうして手塩にかけた野菜の販売網を自らで開拓し、自ら積んで配達しに行く。販売地域は主には上田から軽井沢まで。須坂からも売りに来て欲しい、とオファーがあったがそこまでは手が回らないから、と断った。

配達してくれる人を捜したら?というと彼もまた、こう口にした。

「無理はしない、無理をさせないのがいいんです。」

自分の手で運ぶのが大切なんだ、自分たちでやるからいいのだ、そのためには身の丈以上のことはしないのだ………と。

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長野県には、「なから」という言葉がある。

自分に出来ること(やりたいこと)を出来る範囲で、「楽しく」やるのがスタンスのセガレプロジェクト。一方、この集まりにやってきた長野県のセガレたちもまた、みなそこにあるものの範囲で、自分に出来ることを考えて決して「無理をしない」でやっていくスタンス。どちらもみんな、この「なから」な感じ。

今回、この菅平のイベントを取材してみてセガレたちから感じた共通点。それははじめて児玉さん・間島さんと話した日の想いと重なった。

彼らの親御さんたちは、ものすごく大変だった。彼らは小さい頃からその作業の手伝いにかり出された。そして物作りの大変さを身にしみて感じたからそこから離れたいと思った。けれども、親の作り出す物の温かさや大切さもまた、彼らの中には染みこんでいた。親のようにがんばりすぎるつもりはないけれど、でも、大切なものを伝えることはしたい。

そんなセガレたちの想いの行き着くところがこの「なから」なあり方だったのかもしれない。無理しない。多くを望まない。ある物、できることでやれる範囲でやっていく。

がむしゃらに収入を上げるために働く「エコノミックアニマル」と呼ばれたかつての日本人。高度成長の呼び声に踊らされて家族よりも社会、会社、国のために「24時間働きづめ」だった時代。その時代のツケが押し寄せて日本全体が混迷の状態にある今、そのセガレたちが人間らしく生きるために見つけた答えが「なから」なあり方なのかもしれない。

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イベントの最後は、みんなでの記念写真。
参加者の中に何人もカメラマンがいて、それぞれ交代でシャッターを押した。記念写真といったら、みんなで瞬きも我慢しながら緊張してシャッターが押されるのを待つ……のだと思ってた。

最後の一枚は、関さんがカメラの「横」に立った。みんなに声をかけて笑わせる。そしてその笑いの瞬間に、ファインダーものぞかずに、シャッターを押した。


(写真提供:関さん、間島さん)

「はい、お疲れ様~!!」(え~?いつ撮ったの???)

最後の記念撮影も、また、なからに終了。
そんな“なから”なセガレたちの集まり(つながり)はこれからの大きな可能性を秘めて幕を閉じた。

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セガレHP

写真・文 駒村みどり

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