被災地に笑顔を届けよう~がれきの山を越えて >>「笑顔プロジェクト」と「被災地の現実」(その5)【’11年5月掲載】

(注:本記事は、H23年5月11日に発表されたものの再掲です)

*本日5月11日で、震災から丸二ヶ月がたちます。改めて犠牲になられた方々のご冥福をお祈りしつつ、今なお避難生活にある人びとに一刻も早く安心した生活が戻りますことを重ねて心からお祈りしたいと思います。
なお、これだけの日々を経た今も、被災地からは大量の支援物資の要請が笑顔プロジェクトの方にも届いているそうです。この記事の一番最後に詳細を書きますので、可能な方はお力を貸していただければと思います。

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「自粛」と「不謹慎」という二つの言葉。

何かしたい、何かをしよう……と人々の心が被災地や自分たちの状況に集中した3月11日から日がたち、それぞれの受けとめや感覚や行動の差が次第に明らかになるにつれてこの2つの言葉が世の中に蔓延し、人びとの動きは停滞しはじめた。

「自粛」と「不謹慎」による自主規制の動きには、「こんなことやったら被災地には迷惑」とか「被災地の人が悲しんでいるのに自分たちが笑っちゃダメ」とかいう想い、さらに何もできない焦りから生まれた目立つ人に対してのあこがれやできない自分を卑下する、もしくは理由付けしようという想いが垣間見える気がする。

そうでなくても災害によって「日常」が停滞しているところにさらに自主規制がかかった世の中。でも、果たして「これから」のためにはそれでいいのだろうか?

「だからね、お金を動かさなくては。まず、昔から商業地だったこの小布施町でちゃんとお金を動かすことが大切なんです。」

そうして生まれたのがこの企画。「ラーメンフェスタin小布施」だ。

北信の人気ラーメン店8軒が出店、一杯500円のワンコインでラーメンが食べられる。でも、小布施でなぜ「ラーメン」??さらにラーメンのイベントだったら毎年地元テレビ局主催のものはじめすでに大きなものがいくつかある。

「ラーメンはね、小さいお子さんからお年寄りまで、みんなが笑顔で食べることのできるメニューだからですよ。」……と林さん。

「で、今回は皆さんと相談して他のラーメンフェスタと違い全部『新作ラーメン』で行こうと。お店に行ったらいつでも食べられるラーメンじゃなくて、ここでしか食べられないもの。そして赤になったら意味がないから黒字(収益)を出す。そのお金を支援活動に当てる。

みんながおいしいラーメンで笑顔になって、そのお金を使うことで被災地に笑顔が届けられて、自分の笑顔が被災地の笑顔につながる。」

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「正直ね、ラーメンとしたらほとんど収益無いですよ。」

そんな林さんの想いを受けた須坂の参加ラーメン店「旋風堂」の店長の田子さんに「500円って値段設定、正直どうなんですか?」と聞いたらこんな答えが返ってきた。

「せっかくいろんなラーメン食べられるんだからと、話し合って一杯の量は控えめで500円設定にしたけれど、それでも500円じゃとんとんぐらいかな。けどね……」

「今回の話を聞いて嬉しかったよ。だって、もし必要だったら実際現地に行って炊き出しでもなんでもする気はあったけど、行って邪魔になっても困るし1人でがんばるのは難しすぎる。せいぜい店で募金つのるしかできなかったところに今回のこの話が来た。こんな風に誰かが考えてくれてそこに乗れば自分も力になれる。『待ってましたぁ!』って感じだったよ。」

そんな田子さんは、「焼きラーメン」の新作メニューを考えている。

「これ今回のフェスタでしか絶対に作るつもり無いからね。フェスタ以外ではもう食べられない味になるよ。」

……つまりは、旋風堂の「幻の味」になるわけですね。

その幻の味が、他の7店でも全部一杯ワンコイン500円で味わえる。会場の小布施ハイウエイオアシスではこの日、ライブペインティングや太鼓の演奏などのイベントも盛りだくさん用意されている。そしてそこで1日楽しめばその笑顔は確実に笑顔プロジェクトメンバーが被災地に届けてくれるのだ。

用意されたのは3000食分のラーメン。だけどもしかしたら、足りなくなるのかもしれないなぁ……と、林さんや田子さんの笑顔を見ながらふとそう思った。

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「何かしたいけど、何もできなくてじれったかった」

旋風堂の田子さんの言葉にもあったけれど、実際そう想っている人が私の周りにもかなりいる。私も、そして私の周りの多くの人たちも、そういう思いを抱えつつ「できる事は?」と考えては募金をし、支援物資を提供してみても「届いている」「役だった」「力になれた」という実感はなく、現地では本当に足りているのか、何が必要なのか、という情報はほとんど入ってこない。

笑顔プロジェクトに係わった人たちは、笑顔のお返しをダイレクトに感じることができ、次にできる事は?と具体的に考えて動くことができる。小布施の近くにいる人や遊びに来ることが出来る人は、今回のラーメンフェスタでおいしいラーメンを食べる事で「協力できた」「力になれた」実感を得ることも出来る。

でも、それすら出来ない人は?それが出来ないと、やっぱり「何もできない自分」を恥じたり卑下したりして哀しい思いにいなくてはならないのだろうか?

……私は、そうは思わない。

では、いったい何をすればいいのだろうか?

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原発問題が起こり、電力の不足がささやかれて行われた計画停電。その時に想い出したことがある。

「こんな停電、昔はしょっちゅうあったなぁ……。」ってことを。

まだ、テレビが白黒だった時代。番組が盛り上がって「いよいよ」って時に、突然テレビが消えてしまうことがよくあった。夜、明日の宿題を必死でやっている最中にも、突然真っ暗になって何も見えなくなり、焦ることもあった。「停電」は予告もなくやって来て、いつまで続くのかもわからなかった。

けれど、誰ひとり怒らなかったしあわてなかった。家々に常備してあるろうそくをつけ、ろうそくの周りに集まって平気で食事や会話が続いていた。暗闇に揺れるろうそくの光はあたたかくて、いつもよりも隣の人を身近に感じ、暗闇はなんだか「秘密基地」を思わせてドキドキした。

夜になると暗くなるのは当然で、コンビニが生まれる前の時代、お店は19時というとみんな閉まってしまった。買い物はそれまでに済ませて人びとは家路につく。「夜は暗いのが当たり前」だった時代。

被災後の電力不足が懸念される今、「節電のため、明るさを控えています」とお詫びの貼り紙のある店に入っても、実は何も不便はない。節電状態でも充分だ。今までは「もっと目立つように、もっと買ってもらうように」という想いから必要ない電気が使われていたのだから。

それは何も、電気に限ったことではない。テレビもそうだ。どのチャンネルを見ても同じような情報しか流れてこなかった震災時。テレビを消して、新聞やラジオ、ウェブ上だけでも充分に情報を得ることが出来た。それも、テレビのように垂れ流され押しつけられる情報でなく、自分から求める事実を必要に応じて必要なだけ。

食べ物、灯油やガソリン、本……同じように振り返ってみると「無くても大丈夫なもの」がいかに多かったのかを震災後にものすごく感じる。

そうして「もっと」を望まずに無くて当然の状態で「無駄を省くこと」をみんなが行った結果、停電はかなり規模が縮小されたし、必要な物は被災地に届きやすくなった。

人びとが「もっと」を望まずあるものに感謝して大切に使う……それだけでちゃんと世の中の流れが自然になり、さらにそこには「ありがとう」と笑顔が生まれている。

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今回、笑顔プロジェクトのメンバーが支援活動で、子ども達がさぞや「もっと」を言うのかと思ったら、それどころかクッキー1枚、本一冊という「今ここにあるもの」をものすごく喜んだ姿を報告している。

たぶんその子達は、あきらめたわけでも我慢しているわけでもないと私は思う。そのクッキー1枚、本一冊を届けようとここまでやって来てくれた人たちの「想い」の温かさを感じ、「物があること」に対しての心からの感謝と喜びで満たされたからなのではないだろうか。だからその「ありがとう」が伝わると、届けた方も嬉しくなって「ありがとう」と笑顔になる。

家族がいること、仕事があること、食べるものがあること……生きていること。
当たり前だと思っていたそれらのことを振り返ったときに「あること」に対しての感謝と喜びの気持ちがわき、そして「ありがとう」と口に出すことで人びとが笑顔になる。

「わたしには何ができる?」そう思ったら、そんな風に感謝を持って「ありがとう」を口にしてみたらどうだろう。もし、それで自分も、それを聞いた人も「笑顔」になったら。それがあなたにできる、あなたにしかできない何よりも大きな事なのではないだろうか。あなたの想いが大きいほど、あなたの笑顔が人にもたらす笑顔も大きく拡がるはず。

それが拡がっていくことで、自分だけでなく周りの人々、そして地域の人たち、被災地の人びと、日本の人たち……さらには世界みんなの幸せへとつながっていくのではないのだろうか。

どんな小さな事でもみんなで積み重ねていけば……それは絶対にできるはずだ。

大げさな物言いかもしれない。
けれど、こうして「笑顔をつなげ、被災地に笑顔を」というところから始まり、被災地の人びとの必死で生きる姿に背中を押された人びとの小さな力がしだいにまとまり確実な力として被災地に届けようとしている、長野県小布施町の小さなお寺中心に拡がりつつある「笑顔プロジェクト」の試みから、そんな事を強く感じた。

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取材後、夕闇に埋もれつつある本堂を背に別れを告げ「本当は私も、行って力になりたかったんですけれど……」と小さくつぶやいた私に、林さんは満面の笑顔と共にこう言った。

「こうして取材に来て、いろいろなことを聞いてその事実を「伝えて」くれる人も必要です。被災地の皆さんの「この事実を記憶から消してしまわないで!」という叫びを届けるためにも……。」

その言葉と林さんの笑顔に、私は「ありがとうございます」と笑顔で返し、家路についた。

〔写真・文 駒村みどり)

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「日本笑顔プロジェクト」HP
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