(その1)よりつづき~

小児マヒによる緊張と硬直で動きにくい手の変わりに足を使いこなす風子こと冨永房枝さん。
彼女と話をしていると、まったくそういう「障害の壁」を感じない。なぜだろう?

ひとつに、彼女はいつも笑顔を絶やさない。もうひとつ、その屈託のない笑顔で話す言葉にはネガティブな感じが全くない。彼女は「障害があるから」という言葉を決して口にしない。

先日、取材のために一緒にランチでも、と迎えにいってお店に向かう車の中での会話。

「あのね、悪いけど今日、食べさせてね。」
「いやぁ~、悪いけどわたしも貧乏だからさ、おごるのはムリ。(笑)」
「そうじゃなくてさぁ~。」
「あははは、ちゃんとわかってるよ。大丈夫だよ、まかせてね。」

“食べさせて”という言葉の意味は「おごって」などではもちろんない。
レストランのようなお店では、椅子に座って食事をする。当然、足で食べる仕様にはなっていない。だから「食べ物を口に運んでね」という意味だ。

「足を使う」

その行為に対して、人は決して必ずしもいい感情を持たない。
何かをするのは“手が当たり前”だから。そして“足は汚い”という感覚が一般的だから。

手が使えない代わりに足でやる。今でこそ彼女の周りはそれを認めるけれど、子供のころからそうだったわけではない。実際、わたしも彼女の高等部時代に同じ学校の職員がこう話すのを聞いたことがある。

「彼女は、足でクッキーも作っちゃう。それはすごいけど、でも足で作ったクッキー食べる気にはなれないなぁ。」

もちろん彼女は足をいつもきれいにしている。今もキーボードを弾くその足のつめは手入れされてきれいにペディキュアが施されている。わたしは彼女がどんなに自分の足を大切にしているのか感じ、いつもきれいだなぁ、とその足に見とれてしまうのだ。

けれども“足は汚い”という感覚は一般的で、その中で子供のころから生きて来た彼女はその笑顔や明るさの裏に悲しみや苦しみもたくさん感じてきたことだろう。

“いたずらをしたい。触ったりぐちゃぐちゃにしてみたりしたい。”
それは好奇心の固まりの小さな子供にはごく当たり前の欲求だ。
けれども、周りの人間と同じようにやろうとしても、手が動かない。

動きたい、動かせない。
そのイライラが高まって、足を動かした。

「足の方が、じょうずにできる!」

そう思って足を使い始めた彼女だが、周りがそれを受け入れるのは難しかった。

「足で給食食べていい、って許してもらえたのは中学部になるときだったよ。それまでは、手の機能訓練ということでなんでも手でやるようにいわれたなぁ。『足の方がずっと速く、上手に出来るのになぁ』って思いながらやってたから訓練つまんなかったねぇ。」

笑顔でそう話すけど、食べることまですべて「訓練」にされるのはたまらなかったろう。みんなが美味しそうに食べているのに、お腹もすいているのに、手ではなかなか食べられず、時間もかかる。

「足で食べてもいい」と認められた(というよりは、「周りがあきらめたんだよ」と彼女は表現したが)ときには「やっと自分らしく出来る」という思いがあふれてきたそうだ。

「足でものをやる」ということひとつとっても、彼女を小さな頃から知る身近な者でもこれだけの抵抗がある。当然、彼女が受けてきた波は、それだけに留まらなかった。

わたしは彼女からメールをもらって再会の約束をしたが、その一方で久しぶりに会う「先生」という存在に対しての心の迷いや傷について彼女は自身のHPの日記に、こんな記述をしている。

養護学校の思い出は楽しいことよりも先に“辛いこと(当時の養護学校には障害児・者を理解できず“社会のお荷物”と口走り、生徒の心を無雑作に傷つける教師もいて、嫌な思いをしたこと)”を思い出してしまうからだ。教師と生徒だったことがあり「先生」と呼んでいたMさんに再会したら、私は平常心でいられるだろうか…?
(風子のきまぐれ絵日記 2007年5月「花香る風の中の再会は………」より)

同じように、彼女が1990年に出版した詩集「”女の子”のとき」にも障害のある自らに対する悩みや苦悩がこんな風に描かれている。

   なれているからこわくない
   いつも 口にするけれど
   うそです

   街を歩くのは こわいのです
   一人で歩く道は こわいのです
   いくら なれていても
   こわいものは やっぱりこわいのです

   家の一歩そとは
   心の戦場
   人の目は機関銃
   聞こえる声は大砲
   人の態度はミサイル
   わたしの心 殺そうとする
   わたし1人殺すのに 何十人、何百人

            (詩集“女の子”のとき「戦国時代」より抜粋)

が、彼女はそれを人前では臆面にも出さないのだ。「障害があるから」「手が使えないから」……彼女はそれを理由にしない。そして、その裏でどんなに汗や涙を流したのか、どんなに努力をしたのかも、ひけらかすことはない。

再会のとき、わたしはうつ病で学校に行かれなくなった休職中の教師で、彼女はボランティアでいろいろな学校にも講演に行くことがある立場から、「学校」の話になった。

彼女の“人目をひく姿”に対して、子供たちは当然興味を持つ。そういう人を見かける機会も少なければ、話をする機会などもっとない。だから、校長室やステージなどで話をしている彼女に子供たちは寄ってきて、時々こういう質問をする。

「ねぇ、なんでそんな変な恰好なの?」

その時に、周りの先生たちの対応はまっぷたつにわかれるそうだ。
「そんなこというのじゃない」と叱責し、彼女から遠ざけるパターン。
それを見守り、子供たちの疑問に対して彼女が答えるチャンスをくれるパターン。

自分の体について人がどう思うのか、彼女はいやというほど知っている。まだ経験の浅い子供たちならなおのことだ。そういう子供たちが「知る」機会を奪わないで欲しい、と彼女は言う。

「変な恰好」といわれたら、ちゃんと話をする。伝わるように、わかるように、きちんと話をする。そういう子供の好奇心をただ「言っちゃいけないこと」と押さえ、そういう対象から遠ざけたら、子供の中に残るのは「障害について口にするのは禁忌」……そんなマイナスのイメージ。知ろうともせず避けて通る人間が出来上がる。

だから、彼女は自分の体について知ろうとする子供やその好奇の目を遠ざけない。すごく落ち込んだり重い気持ちになることがあっても、そうして人とつながることをやめることはしない。

   こわいけど
   ミサイル・鉄砲 すごくこわいけど
   でも 歩く
   こわくなくなるまで歩く
   戦争が終わるまで歩きたい

   こわいけど やっぱり歩く
            (詩集“女の子”のとき「戦国時代」より抜粋)

  死んでもこの身体はなおらない と
  気付いたときから
  生きたい と思った

            (詩集“女の子”のとき「自殺」より抜粋)

それは、彼女の決意でもあり、覚悟でもあり、そして多分彼女が自分を受け入れた瞬間だったんだろう。再会したとき、高等部時代よりもずっと軽やかになった彼女の心をわたしは感じた。いつの間にか2時間も話し込んだ。そうして「また、会おうね」とわかれた。ごく普通に、お互い必死で生きている人間同士として。心から「また語りあいたい」と思った。

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「今回は、本当に久しぶりに新作を描いたんです。何を描こうか迷ったんだけど、紙一面を宇宙にたとえてみたんです。」

ミニコンサートの合間のMCで、今回の新作の話になった。
「銀河鉄道の夜」はあるけど、「銀河鉄道の朝」はどう?……そういわれて、ぱぁっとひろがったイメージ。1メートル×2メートルの紙を2枚繋げて約一週間で書き上げた。

野の花。とり。風、月、万華鏡。彼女の心の中にひろがる宇宙、銀河鉄道の朝にはいろいろなものが息づいている。寒くてしもやけに悩まされながら描ききった作品。

この中の「万華鏡」について彼女はこう語った。

「小さな穴をのぞくと、その中にひろがる大きなきれいな世界。
  それって人間とか宇宙とかに似ている。
  小さな人間が地球の上で動き回って悩みまくって
  あたふたしている様子のように思えたんですよね。」

さらに、この絵について内緒話をひとつ。

「実は、この絵の中に一カ所だけ塗り残したところがあるんですよ。
  これはね、まだ終わってないよ、これからも続くよ、ってそういう意味。」

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苦労も、悲しみも。悔しいことだってまだまだ山ほどある。
だけどそんなこと言っていてもしょうがない。

体が思い通りにならないから出来ることに制限もある。
だけど、それも自分の体。

そして、自分の体をしっかりと受け止め、自分も含めてあたふたしながらちっちゃいことでうだうだしつつそれでも生きていく人間の「生」を、万華鏡のきらめきのように愛おしむ。そしてまだまだ続くよ……と彼女の心はその歩みを止めることがない。

彼女の心はなにものにも囚われずに、自由に飛び回る。その自由な心が、彼女の笑顔に触れた物達に伝わって、そしてまたひろがっていく。

絵から、詩から、音楽から。彼女の足が生み出すすべてのものが、今日もまた輝いて“生きる”事の持つエネルギーを発信し伝え続けていくのだ。

もし、あなたの近くに「風子の絵足紙キャラバン」が訪れたら、そこに行ってぜひ一人の人間の命のきらめきと生きざまを感じて欲しいとそう思う。

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心は体には囚われない~風子、その1~) 

HP:「風子の絵足紙キャラバン
森の宿 林りん館 (長野県小川村「風子の絵足紙ギャラリー」併設宿泊施設)

(写真・文:駒村みどり)

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