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春まだ浅い3月のある日。長野市篠ノ井にある額縁店2階のギャラリーで、会場から流れるキーボードの音楽。個展+ミニコンサート「春へのつぶやき」。そこでキーボードを奏でるのは「手」ではなくて「足」。奏でているのは、個展で「絵手紙」ならぬ「絵足紙」を含めたたくさんの作品を披露している「風子」さん。

「千の風になって」、「G線上のアリア」。
しっとり聞かせたかと思ったら突然に「トッカータとフーガ」。

「いやぁ、やっちゃったよ。」
演奏が終わるとそういって会場を笑わせる。

豪快で繊細。大胆で優しい。
彼女の持ち味は昔からまったく変わらない。

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「風子」。本名は冨永房枝。
長野県長野市に生まれる。生まれて半年後に風邪のための高熱が元で「脳性小児マヒ」を発症。それにより体幹の機能障害が残る。養護学校の高等部を卒業後、詩作、詩の朗読、キーボードの演奏などでボランティア活動を続ける。

1996年に「絵足紙」を始める。絵だけでなく、書など描き続けた作品は多数にのぼる。
(詳細は彼女のHPを参照のこと)

演奏会でも、話をしている最中にしょっちゅう汗をかく。(その汗も、足でタオルを持って拭き取る。)からだが常に緊張して突っ張っているうえに思いもよらない動きが常に止まることがない。ひとこと話すごとに体中が突っ張って、息が荒くなり顔がこわばるので話し声に集中しないと聞き取りにくい。

それは、小児マヒによる体のマヒと、緊張と、それから不随意運動のせいだ。
この状態にある人たちは、だから見た目はある意味「異様」だ。ゆがんだ体と顔。それは意識があって脳が働いている間はどうにもならないのだ。彼女らの緊張のない状態が見られるのは、脳が休んでいる「眠っているとき」だけだ。

こういう「機能障害」を持った人は、私たちの周りに普通に居るのだが……しかし、町でその姿を見かけることはほとんど無い。たいていの人は施設に入ってしまうか、「差別」「好奇」の視線が苦しくて家に引きこもってしまうか、あまり外には出てこない。

けれど、彼女はどんどん外に出て行く。
明るい笑顔と大きな笑い声と共に。

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わたしが彼女と「再会」したのは、2007年の5月。
再会のきっかけはネットのSNSだった。

「再会」と書いたのは、彼女との出会いはもう20年以上も前にさかのぼるからだ。

「なんかねぇ、久しぶりなのにそんな気がしないね。」
そう笑う彼女は、その時ふとわたしのことを「みどりちゃん」と呼んだ。
その呼び方が昔の二人の状態を的確に表しているようで妙に笑えた。

彼女の活動は展覧会やコンサート、講演を通じて今やかなり多くの人が知っている。支援者も多く、そういう人たちと共に彼女は自分の道を歩んでいる。けれど、わたしはそういう人たちが彼女を知る以前の姿を知っていて、そしてある意味、彼女との出会いでわたしの考え方も大きく変わった。

だから、今回の演奏会の取材記事を書こうと思ったときに、ただ単にみんなが知っている彼女の姿だけではなく、その頃の彼女を描きたい……とそう思ったのだった。

「風子」以前の「富永房枝」の姿。まずはそこから、入りたいと思う。

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「肢体不自由養護学校の高等部3年生 冨永房枝さん」。

それが、わたしが最初に出会ったときの彼女の肩書き。
そして、その時のわたしの肩書きは「その学校の新卒一年目の新米先生」だった。当時、採用されたぺーぺーの先生だったわたしは、特殊教育(当時の呼び名)の免許もないのに養護学校に配属されて途方に暮れていた。

もともとは音楽の免許を持っていたので、高等部に所属したわたしは音楽のクラスを二つ担当した。そのひとつのクラスにいたのが房枝さんだ。

「先生」とは呼ばれても、まだ養護学校について何も知らなかった私と、小さい頃からずっとこの養護学校で学んでいた彼女。学校のキャリアからいったら彼女の方がずっと慣れたもので、おまけに新卒のわたしと高三の彼女では実質いくつも年は違わない。

途方に暮れてあたふたしていたわたしからしたら、ある意味この学校では「先輩」とも言える彼女は体に緊張があって手が自由に使えないけれど、字を書くのも絵を描くのも、ランチルームで給食を食べるのでも、なんでもまったく手でやるのと変わらぬ出来映えでやってしまっていた。

驚いたことに、彼女の足は手よりもずっと器用に動いた。編み物……特に一番細かいレース編みでさえも……彼女はみんな足の指を駆使してやってのけたのだ。その足さばきは、わたしにとって本当に驚異的で器用さには舌を巻いた。

また一方で、専門である音楽の授業でもわたしは途方に暮れていた。
生徒たちは房枝さんだけでなく、みんなからだが思うように動かない。のどに緊張が走るから、歌を歌うのにも声を振り絞って必死だし、楽器を奏でるにもテンポやリズムの通りには行かない。

みんな音楽は大好きなのに……どうしたらいいんだろう?

その頃に、「文明の利器」が有志の方から学校に寄贈された。ヤマハの「ポータートーン」というキーボードだ。今は、簡単なものだったら1万円もせずに買えてしまうポータブルキーボードだが、当時はン十万もする高価なもの。

その登場のおかげで、思いもかけない展開が待っていた。

「先生、やろうよ。」

昼休みになると、わたしの教室に房枝さんがやってきた。
最初は片足でメロディーを奏でる。こちらの方は、足さばきはもう手慣れたもので(じゃない、足慣れたもの、だな。)楽譜を一緒に読めば割合すんなりと演奏が出来た。

彼女の技能をひろげたのは、今こそ当たり前のようにキーボードについている「ワンフィンガー和音演奏」機能だ。

左の指一本でキーを押すと、設定された「リズムパターン」に乗って「和音」がなる。コード進行に合わせて一本指でキーを押すだけで、重厚な和音伴奏がつけられるのだ。ワルツ、ポップス、ロックンロール、マーチ、ボサノバ、16ビート。それがたった一本の指で和音演奏と同時にパーカッションとして鳴ってくれる。

手の10本指では右も左も簡単にできる「和音演奏」だが、足の指は短くてとても無理だ。けれど、この「ワンフィンガー」機能だと、その一本指がありさえすれば立派なリズム伴奏になるのだ。

……と簡単そうに書いたけれど、当然右足でメロディーを弾きながら、テンポ変わらず流れているリズムパターンにのせて左足でコード進行を追うのは、普通の人でも大変なこと。

それに彼女は挑戦したのだ。毎日毎日、休みなく教室にやってきては練習する。曲は今でも忘れない。さだまさしの「天までとどけ」だ。

「あの曲ね、もう、さんざんやったから今はもう飽きちゃったよ。」

そういって彼女は笑う。確かにそうだろうね、そのくらいほんとに毎日何回も練習したものね。

もともと右足でメロディーを弾くことは出来ていても、この曲のさびの部分は16分音符が連続してどんどん音が上昇していくので手の五本指でも大変。メロディーがなんとか出来ても、それに合わせて左でのコード演奏がついていかない。いったいどのくらいの期間、練習したのだろう?今は華麗な足さばきでレパートリーもたくさんになった彼女のキーボード演奏の基本は、この時の必死な練習の積み重ねの結果なのだ。

そうして、「天までとどけ」が形になって、2曲くらい演奏が可能になった頃に、彼女は卒業して社会へと飛び立っていった。

この時のキーボードとの出会いが彼女のライフワークのひとつとして存在している。それは大きな出会いだったろう。でも、同時に、「この学校でこの生徒たちとどう音楽に向かい合ったらいいのだろう?」と悩んでいたわたしにとっても、彼女が毎日教室にやってきて練習し、仕上がっていく段階を一緒に悩み、工夫しながら味わった経験が「そうか、音楽って教科書や楽譜を教えるだけじゃない、その人なりに表現することなんだな」という大きな収穫と音楽指導の確信へとつながったのだった。

「あのね、最初にあったときにわたしが何考えていたかっていうとね………。」
「わたし楽譜読めないしさ、この音楽の先生、ニコニコして人が良さそうだから利用してやれ~って思ったんだ。」

そういって彼女は朗らかに笑った。
この取材のために改めて会って話していたときに、この頃を想い出して不意に彼女が口にした二十何年目の事実。

目標を持つ。それに向かって何が必要で、どんなふうに学び深めるのかを自ら考えて選ぶ。
そしてそこに向かってくり返し投げ出さずに進んでいく。

そのくり返しと積み重ねが今の彼女を創り上げ、この笑顔と自信を支えているのだ。こともなげに見えるその影では流した汗や苦労などは当然のことと受け止めて、前向きに進んでいく彼女の姿があるのだ。

わたしもね。利用してもらえてよかったよ。おかげで、あの頃一緒に練習していた思いは大切な経験のひとつになって私の中に蓄積されているのだから。おたがいさまだね。

そういってわたしも、一緒に笑った。

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たぶん。障害とか、先生と生徒とか、そんなものはどうでもよかったんだろうと思う。
人と人とのつながりや、関わり合い、出会いというのはこういうものなんだろうと、そう思う。

『障害者としてではなく、ひとりの社会人として世に問うていく「風子の絵足紙キャラバン」に、今後ともより一層のご理解とご支援をお願いいたします。』

今回行われたつぶやきコンサートでもらったパンフレットにこんな一文が載っている。これは絵足紙キャラバン実行委員会という彼女の支援者の会の挨拶文だ。彼女に出会った人たちは、みな、「障害なんか関係ないや」と、きっとそう思うに違いない。

彼女は「冨永房枝」というひとりの人間として生きてきているのだから。人と人との関係の中で、ただ生を与えられたものとして同じように悩みもし、苦しみもし、喜びや感動を得ながら生きているだけなのだから。

そんな彼女がここに来るまでの「からだとのつきあい方」「生きざま」を通しながら、彼女の「絵足紙展」についてこのあと記述していこうと思う。

心は体には囚われない~風子、その2~へ続く。)

HP「風子の絵足紙キャラバン」

(写真、文:駒村みどり)

1月末のある晴れた日。
一台の車がある学校にやってきた。

車の中には、たくさんの楽器。
積みおろしを手伝う。

重たい大きな袋には……いっぱいの川原の石。
別の袋には……太い竹筒が何本も。

「それ、重たいでしょう?無理しないでね、千曲川の川原の石だから。」

そう言って笑うのは、東信地区を中心に活動を続ける音楽家のオギタカさん。
日に焼けたその顔に浮かぶ柔らかな笑顔から、大地の香りがした。

わたしはこの日、彼の音楽活動のひとつである、ある学校での「音あそび教室」にご一緒させてもらった。

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ここで、簡単にオギタカさんのプロフィールをご紹介します。

オギタカ

作曲家。シンガーソングライター(ボーカル・ピアノ・ギター・ジャンベ・バラフォン・スティールパンなど)
映画音楽、舞台音楽、プレステーション等のゲーム音楽、TVやイベントのBGM等の幅広いジャンルの作曲を手がけている。

1966年長野県小諸市生まれ
中学時代、ブリティシュサウンドにはまりバンドを始める。
高校卒業後上京、ソロ活動や作曲の仕事をしながら世界各地の民族音楽にのめり込んで行く。
2000年拠点を小諸に移し、風土に根ざした曲や詩の制作を始める。
2003年よりモンゴルより伝わった地元民謡「正調小室節」を歌い始め、現在準師範。
2004年「音あそびの会」を発足。
現在、「ライブ」と「音あそび」の2本柱により長野各地で活動中。

(音あそびの会HP、オギタカプロフィールより)

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「大地のめぐみに ありがとう」
「いのちのつらなりに ありがとう」
「環になって 和になって おどろう」

オギタカさんがこの日、持っていた絵本「アフリカの音」の中の一節。

彼は、「音あそびの会」にいつもこの本を持っていくのです。
音あそびの会の中で、読み聞かせをすることもあります。

彼がなぜ、この本を持って歩いているのか、読み聞かせするのか……。
この本の中に彼が人々に音楽を通して伝えたい想いが詰まっているからかもしれません。

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「アフリカの音」はアフリカ人の思想(命や精神が循環していくことの大切さ)を音楽や祭りを通して表現している本だと思います。

「すべてが循環していくことの大切さ」・・・ここはキーポイントかな?

「アフリカの音」に「命のつらなり ありがとう」みたいのがあったと思うけど・・・
命だけでなくすべての事はつながっていて、つながることで大きな意味が出てくると思うのです。

現代の日本社会が忘れてしまったこと・・・・
昔で言えば子供は友だちとの遊びを通して自然に身に付いてきたものや、大人も地域とのつながりによって育んできたものがある。

それが希薄になって来ている現代は孤独な人や独善的な人が増えているように思えます。

みんながどんな壁も関係なくフラットに付き合えたらもっと楽しく、もっと豊かな世の中になると思います。
それは僕が障害のある子供を持ったからより強くそう思うのかもしれません。

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オギタカさんに、ご自分のもろもろの活動にむける想いをお聞きしたら、こういう答えが返ってきました。

一昨年、あるイベントをきっかけにオギタカさんと出会いました。
そして、オギタカさんの音を聴きました。

初めていったライブは室内のものでしたが、その次に聴いた音は飯綱高原の大座法師池の上に設置されたステージでのもの。

どちらのライブも素晴らしかったのですが、オギタカさんの音楽に対して持っている想い、人に伝えようとしている鼓動、それが、この野外ステージでのライブでびりびりと伝わり、飯綱の森の中に染みこんでいったその感覚が忘れられなかったのです。

アフリカの楽器を中心にして彼が放つ音は、まるで大地の鼓動や風の歌のように聞こえ、木々のゆらぎや水のさざめきがそれを彩っていました。
次第に暮れていく周りの景色全体が音楽の中にとけ込んでいく感じ。
自分もまた、その景色の中に組み込まれて一体化していく不思議な感覚がそこにありました。

アフリカの人々は、楽器を使って会話をします。
祭の中に、神への感謝、生きることの喜びを歌い上げるときにも、楽器をかき鳴らします。
音楽とは、単なる表現ではない。命の叫びです。歓喜の声です。

オギタカさんは、自分の音楽活動を通して、こういうものを人々に伝え、届け、感じてもらう活動をしているのだ……と、私はそう感じました。

そんなオギタカさんの音楽活動を、ここから少し追いかけてみたいと思います。

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オギタカさんの想いは、さらにこう続きます。

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音あそびは「ひと時の夢」なのだと思います。
でも参加者がその中で何か感じ取って、それが心のどこかにすこしでも残ってくれれば嬉しいです。
もちろん義務でやっているわけではないので一番楽しんでるのは僕自身なんですけねどね(笑)

ライブに関しては好き勝手にやってるだけです。
自己表現としてあまり色んな観念に縛られたくないと言うが本当のところです。
でも音あそびから得たグッドバイブレーションが自然にライブに反映されることは望みです。

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オギタカさんのライブは確かに、とても自由な感じです。
音楽の時間の勉強のように、音符や拍子にはずれないようにと頑張る感じではなくて。
そういうものにとらわれない、自分の中にある気持ちや心の動きをそのまま音にのせてお客さんに投げかける。

だから、それを受け止めるお客さんたちも、だんだん自分の中にある想いを手拍子や足拍子で一緒に表現し……時には踊り出す人もいて、にぎやかにみんなで音を共有する。

オギタカさんを中心に、「音」がさざ波となって会場全体にひろがっていく、そんな感じなのです。

そして、この日の音あそびでも……そんな様子があちこちに見られました。

まずは、ジャンベで「リズムでの会話」を楽しみます。
ジャンベというのはアフリカの太鼓。
この楽器の音の出し方、どんなふうに何を表現するのに使われるのか。
そんな簡単な説明のあとでみんなが一斉にたたきます。

最初はしかめっ面で、遠慮がちにたたいていた生徒の顔が……どんどん生き生きとしてくる。
「これでいいのかなぁ?」と困ったような顔が、リズムに集中しているうちに次第に和らいで、ほころんでくる。

二つのリズムの掛け合わせで、相手のリズムに答え、合わせてたたいているうちに、ほおが上気して、眼がキラキラして。

「楽しい!!」という感じが教室に満ちあふれてくる。

硬かった体の動きも、だんだんリズムに乗って軽やかになり。
部屋の中は、飛び跳ねる音でいっぱいになります。

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オギタカさんが手に持っているのは……冒頭に書いた「千曲川の川原の石」。
オギタカさんにかかるとこれだって立派な「楽器」になるのです。

両手に持ってたたき合わせると鳴る音。
細かいリズム、ゆったりしたリズム。
こすり合わせてでるかすかな音、投げて床に落ちる音。
みんなそれも「音」………「音楽」なのです。

たたき方。
頭の上でたたいたり、背中に手を回してたたいたり。
それを見てみんな笑顔で真似をします。
あいさつがわりに隣の人と、軽く合わせて出す「コン」という音も。
みんな人と人とをつなぐ音です。

音の輪が、どんどん広がっていくのです。

木琴のような楽器は、あとでご紹介しますが「バラフォン」です。
まるで瞑想の世界に誘うような音がでます。

たくさん転がっている千曲川の石。
さっきまで、みんなしっかり握りしめて、いろいろな音を奏でていました。

そしてバラフォンと石の間にあるのは竹筒。
これもまた……ほんとにステキな楽器に変わります。

一人一本ずつ竹の筒を持って。
そうして何人かのグループになって、順番にならしていきます。
不思議な音のつながりが輪になって、あちこちのグループから聞こえてきます。

自分の順番をはずさないように。
強く、弱く。
いろんな表情でならします。

途切れることのない音の輪は、まるで音にのせた気持ちのリレーのようです。
みんなでグループの他の人の出す音を聴きながら、自分の音の順番を待ち、そうしてその「和」を崩さないように上手く次につなげる音を出すのです。

たまに失敗して笑い声が起こるのも、ご愛敬。
それもまた、他のグループの竹のメロディーに組み込まれて新しいハーモニーが生まれます。

そうして最初は緊張の中に始まった「音あそび」は、部屋いっぱいの笑顔があふれる中、オギタカさんからのプレゼントで終わるのです。

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オギタカさんのミニライブ。

しっとりした曲、手拍子しながらのノリノリの曲。
音楽を最後にみんなに贈って、この日の「音あそび」のプログラムは終わり。

でも………
プログラムが終わった後も、片付けまでまだまだ音あそびは続くのです。

音と笑顔でつながった生徒さんたちは………
片付けを待つバラフォンのバチを手にとって「これ、鳴らしてみてもいいですか?」と奏で始めました。

自由にいろいろな音を鳴らしながら。
友だちと向かい合って。

「気持ちいい~~~~。」
「楽しい~~~~~。」

この日、シメの笑顔とやさしいバラフォンの音色で音あそびが終了しました。

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オギタカさんの音でつながる活動は、このあともまだまだ続きます。

障害を持つ子供たちとつながったり、いろんなジャンルのピアニストとつながったり、
本当にいろいろな人々と、音でつながっていくのです。

そんなオギタカさんの活動を、この先ももうちょっと追いかけてみようと思います。

<「音あそびの会」HP> http://oto-asobi.main.jp/

<今後の活動予定>

2月28日(日)ピアノ・ア・ラ・モード  ~5人のピアニストによるジャンルMIXライブ~
会場:佐久市なんだ館(0267-88-5010)

4月24日(土)アースデイin佐久
会場:佐久ミレニアムパーク(佐久平駅蓼科口西)

(文・写真 駒村みどり)

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