2-6「イメージ」を実りに変える魔法

そして、その室賀氏の姿に重なってくるのが星野佳路氏のありかた。
子供のころから「古くさいなぁ」と思っていた自らの家は軽井沢の歴史ある温泉旅館。なぜこんな古いところに人が来るのだろう?という疑問は、やがて世界中のリゾートを見て回るうちに「そうか、これなんだ」というイメージと結びつくのです。

星野氏によって古い温泉旅館「星野温泉」は「星野リゾート星のや」として大胆に変わりました。訪れたそのたたずまいは、新しくて斬新で、「最先端」を各所に取り入れていましたが、けれどなぜかどこか懐かしい風が吹いていたのです。それはやはり、室賀氏と同じように新しいこと、アイディアをどんどん取り入れて、曰く「進化できるテーマ設定」をしながらも、「守るべき歴史の重み」はきちんとその根っこにしっかり流れているから……。

そして星野氏はそのテーマに、そこに働くものたちと見事に足並みをそろえて取り組んでいるのです。その手法のあれこれをお聞きしましたが、そこにあるのは「規律」とか「決まり」ではないのです。イメージの統一。みんなでひとつのイメージを持って、そこに向かう。やることはバラバラかもしれないけれど、ひとつのイメージに向かってそれぞれが自由に取り組むから全体の足並みはそろっていく。

室賀氏にしろ、星野氏にしろ、どんどん新しく進化するテーマを取り入れ、取り組んでいきながらもそのテーマのそこに流れているしっかりとした歴史に支えられたものが、人の心に安心や信頼といったイメージを伝えているから単なる「奇抜」なものではなくて新鮮で豊かに拡がるものとして、受け入れられてきたのでしょう。

新しいもの、面白いもの、驚きのあるアイディア。
こういうイメージを確かで安定したものにするのは「歴史」とのつながり。

歴史とはすなわち、そこに活きた人々の思いや心の温もりの集積であり、結果であり、学びの結果でもあります。そのイメージをしっかり持って新しいものを生み出す。その「つながり」が生み出すものが与えてくれる豊かさ……それはお二人の実績からも見て取れるかと思います。

鏑木武弥氏が土から受け取ったメッセージを飯田の市田柿のなかに見て、柿の歴史を徹底的に突き詰めた結果が、いまの「かぶちゃん農園」の基礎にあります。歴史や土地の力を受けとめた鏑木氏が柿をテーマにして生み出したものが、人々に伝わってどんどん拡がっていっています。

それはまた、小布施の町並みを作り上げた市村次夫氏の「歴史に学ぶ」という言葉にもつながってきます。小布施の今の町並み……町づくりのお手本として、多くの人が訪れる街、小布施を作り上げたその根本にあるのは「歴史に学ぶ」人々の姿でした。

六名の方々の収録の一回一回が終わるたびに感じたのは、自らの持つイメージをきちんと人に伝わる形にし、それを示すことの出来た人々から与えられる力がもたらすものの大きさです。そして、その力がどこから与えられるのだろうと改めて振り返ってみると、「歴史」というひとつのキーワードが浮かび上がって来るのです。

自らの夢……イメージを形にし、きちんと人に伝えることの出来た人たちの魂の言葉に「命」や「重み」……さらに「安心感」や「信頼感」を与えるもの……それは「歴史の重さや温もり」。

その土地に流れる時間や人々の思いをしっかり受けとめて、その歴史……その土地の「命の集大成」をエッセンスに加えたら、どんなに新しくて奇抜で、とてつもないと思われるアイディアさえも、しっかりとした形を持った「イメージ」として人に受けとめられ、伝わり、拡がっていく。

一方で、そのままでは時の流れの中に「古いもの」として忘れ去られてしまうはずの「歴史」に新しい命を吹き込むのが新鮮で奇抜なアイディアであるのです。その相互関係が是部妙なバランスの中で成立したときに、そこにあるイメージは豊かな香りを放って人々を魅了するのです。

そんな魔法の力が歴史と新しいアイディアにはあって、それを現実のイメージとして示すことのできたのが、この【羅針盤】の人々なのです。

アイディアのイメージを実らせる魔法は「歴史」。
歴史には魔法の力がある。
夢をあきらめないための後押しをしてくれるのも、歴史の力。

それぞれの人々の言葉の中には、実際にそれをどうするのかのヒントがたくさんつまっていたのです。

(*オーディオバイオグラフィー【羅針盤】については、六名各氏が語った言葉の中から大切なキーワードと思われるものを四つずつ選んで取り上げたメールマガジンが発行されています。また、CDの方はWebページにて紹介しています。)

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Photo : Midori Komamura

6 「イメージ」を実りに変える魔法 ~【羅針盤】の人々〜

「おいしいのは、おそばです」

このひとことは、善光寺を代表するお土産、七味の八幡屋礒五郎のCM。どんなに七味として人気が出ようとも、お土産として知名度が上がろうとも。あくまでも七味唐辛子は「薬味」であって、メインのごちそうではないのです。(そういいつつもちゃっかり存在アピールしていますが。)

それを表現したCMの一番最後に流れるのがこのコピー。もう一つのCMでは、他の調味料がどんどん人の手にとられていくのに、なぜか誰も使わない「七味」がクローズアップされて、「使われない日もあります」のひとこと。

……秀逸ですよね。

このCMが流れるようになったのは、【羅針盤】に登場した室賀豊氏が八幡屋礒五郎を背負って立つようになってのことでした。長野オリンピック、善光寺の御開帳。この10年前後に長野市をメインに繰り広げられた2大イベントで「お土産」としての知名度をさらに上げたばかりでなく、悲喜こもごもの観光業界の中でも八幡屋礒五郎の躍進は、端から見ても明白でした。

けれど、そうして八幡屋礒五郎の知名度がいくら上がっても、室賀豊氏自身は表舞台にはめったに登場しない。そう、「おいしいのは、おそばです」……七味はあくまでも引き立て役です……がまるで自分自身のそんな姿を表現しているように。

実際、この対論の収録におじゃました室賀氏の第一印象は「無口で物静か」。ここまで八幡屋礒五郎を躍進させた「やり手」のイメージとは正反対でした。創業280年という重いのれんを背負いながら、それをさらに躍進させるだけの力がどこから来ているのだろう?そう思いながら宮内氏との対論を聞いていました。すると、話が進んでいくうちに最初の印象とは違った室賀氏の表情がどんどん引き出されてきたのです。

室賀氏の持っているテーマのひとつが「面白いこと」。
どうせやるのだったら面白いことを……というコンセプトに基づいて様々な取り組みをしてきていた室賀氏。音楽缶。キットカットとのコラボ商品。

それからもう一つ、「あまり大きな声では言えませんが」と教えてくれたのが「脱・善光寺」。
善光寺のお土産物、という印象の強い八幡屋礒五郎が脱・善光寺って?と思うでしょうが、そのひとつの表現が「おいしいのは、おそばです」「使われない日もあります」のCMだったそうです。

室賀氏のあり方は、正直いって今までの流れからしたらかなり「奇抜」で「はみ出した」部分があるように思います。けれど、それがなぜ単なる「奇策」に終わらなかったのか……それは室賀氏の持っている絶妙なバランス感覚のなせる技。その根っこにあるのはやはり280年という歴史の重みと意味をきちっと踏まえた上での「面白さの追求」だったからなのです。

「どうせやるなら面白いことを。でも、面白いだけではダメ。」その目指す面白さの中には、単なる笑いをとるだけとか、その場の思いつき、という薄っぺらいものではない。そのアイディアに重みを加えているのが、子供のころからずっと身近に感じてきた280年の歴史によって積み上げられてきたものたちの実績とそこに心砕いてきた先達の温もりのなのです。

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Photo : Midori Komamura

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PROFILE

駒村みどり
【すまいるコーディネーター】

音楽活動(指導・演奏)、カウンセリングや学習指導、うつ病や不登校についての理解を深める活動、長野県の地域おこし・文化・アート活動の取材などを軸に、人の心を大切にし人と人とを繋ぎ拡げる活動を展開中。

信州あそびの学園 代表

Twitter:komacafe 
HP:コマちゃんのティールーム
  信州あそびの学園

facebook:Midori Komamura
     信州あそびの学園
笑顔をつなぐスマイルコーディネーター

アメブロ:【うつのくれた贈り物】


WebマガジンNgene特派員
(長野県の文化、教育、地域活性化などに関わる活動・人の取材)
【羅針盤】プロジェクトリーダー。

詳細は【PRPFILE】駒村みどりに記載。

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