6 「イメージ」を実りに変える魔法 ~【羅針盤】の人々〜
「おいしいのは、おそばです」
このひとことは、善光寺を代表するお土産、七味の八幡屋礒五郎のCM。どんなに七味として人気が出ようとも、お土産として知名度が上がろうとも。あくまでも七味唐辛子は「薬味」であって、メインのごちそうではないのです。(そういいつつもちゃっかり存在アピールしていますが。)
それを表現したCMの一番最後に流れるのがこのコピー。もう一つのCMでは、他の調味料がどんどん人の手にとられていくのに、なぜか誰も使わない「七味」がクローズアップされて、「使われない日もあります」のひとこと。
……秀逸ですよね。
このCMが流れるようになったのは、【羅針盤】に登場した室賀豊氏が八幡屋礒五郎を背負って立つようになってのことでした。長野オリンピック、善光寺の御開帳。この10年前後に長野市をメインに繰り広げられた2大イベントで「お土産」としての知名度をさらに上げたばかりでなく、悲喜こもごもの観光業界の中でも八幡屋礒五郎の躍進は、端から見ても明白でした。
けれど、そうして八幡屋礒五郎の知名度がいくら上がっても、室賀豊氏自身は表舞台にはめったに登場しない。そう、「おいしいのは、おそばです」……七味はあくまでも引き立て役です……がまるで自分自身のそんな姿を表現しているように。
実際、この対論の収録におじゃました室賀氏の第一印象は「無口で物静か」。ここまで八幡屋礒五郎を躍進させた「やり手」のイメージとは正反対でした。創業280年という重いのれんを背負いながら、それをさらに躍進させるだけの力がどこから来ているのだろう?そう思いながら宮内氏との対論を聞いていました。すると、話が進んでいくうちに最初の印象とは違った室賀氏の表情がどんどん引き出されてきたのです。
室賀氏の持っているテーマのひとつが「面白いこと」。
どうせやるのだったら面白いことを……というコンセプトに基づいて様々な取り組みをしてきていた室賀氏。音楽缶。キットカットとのコラボ商品。
それからもう一つ、「あまり大きな声では言えませんが」と教えてくれたのが「脱・善光寺」。
善光寺のお土産物、という印象の強い八幡屋礒五郎が脱・善光寺って?と思うでしょうが、そのひとつの表現が「おいしいのは、おそばです」「使われない日もあります」のCMだったそうです。
室賀氏のあり方は、正直いって今までの流れからしたらかなり「奇抜」で「はみ出した」部分があるように思います。けれど、それがなぜ単なる「奇策」に終わらなかったのか……それは室賀氏の持っている絶妙なバランス感覚のなせる技。その根っこにあるのはやはり280年という歴史の重みと意味をきちっと踏まえた上での「面白さの追求」だったからなのです。
「どうせやるなら面白いことを。でも、面白いだけではダメ。」その目指す面白さの中には、単なる笑いをとるだけとか、その場の思いつき、という薄っぺらいものではない。そのアイディアに重みを加えているのが、子供のころからずっと身近に感じてきた280年の歴史によって積み上げられてきたものたちの実績とそこに心砕いてきた先達の温もりのなのです。