4 「イメージ」の持つ力
今まで書いたように、イメージの持つ力というのはそれによって「それまでの常識」を覆してしまうほどのもの……ということは伝わったかと思いますが、実際にイメージの力の大きさを示す実例をひとつあげてみます。
1938年、アメリカで「火星人襲来」というラジオ番組が放送されました。その生放送は巧みな構成により、多くの聴衆者にリアリティーを感じさせ、恐怖を与え、実際に火星人が地球侵略を進行中であるのだと信じ込ませ、パニックを巻き起こしたとされています。
H・G・ウェルズの『宇宙戦争』をオーソン・ウェルズがラジオドラマ化した本作の放送中、何回か「フィクションである」旨は告げられたのですが、いったんイメージが生み出されたら、そしてそれが人にリアリティーを持たせることが出来たなら……つまり、イメージを「共有」することができたなら、「宇宙人の襲来」というあり得ない出来事が、世の中を震撼させることも出来るのです。
それが度を超すと時に「暴走」につながります。このラジオ番組の成功を知った別の放送局がいくつもこういう類の放送を模倣したそうですが、先陣切ったのがウェルズの事件の翌1939年4月1日、エクアドルの国営放送局がエイプリルフールの企画として、「火星人襲来」をそっくりそのまま模倣したラジオ番組の放送でした。
ところが、エイプリルフールという行事に聴取者が慣れていなかったこともあり、人々は恐怖に駆られて道路に飛び出し、街は大混乱となりました。そしてこれが作り話だと解ると市民は怒り、ラジオ局と新聞社を襲撃、建物を焼き払ってしまうという事態となり、21人が殺害(番組の出演者6人を含む)、プロデューサーが逮捕される、という悲惨な事件になってしまったそうです。
誤った「イメージ」の使い方は、このような悲劇を生み出すほどの破壊力ももたらしてしまう……そのくらい「イメージ」の持つ力というのは大きいものなのです。
なぜこの悲劇が起こったのか。それは「正しいイメージの伝わり方」をしなかったことと、その「与えられたイメージ」に対して人々がそれぞれ「情報確認」をしなかったこと。そこに時間的、環境的ないろいろな要素が絡んで来てこのような「パニック」になってしまったのです。
イメージというのは最初に述べたように「人の心の中に思い描くもの」と、「現実にあるもの、事実、情報」が結びついて生まれるもの。そのどちらかのバランスが崩れると「誤ったイメージ」による情報操作が可能になってしまいます。それを計算した人間が「意図的にパニックを引き起こす」ことも可能です。事実、「扇動」……人々を煽る……により起こった悲劇も歴史には数多く残っています。
けれど人間は愚かではありません。その力をバランスよく適正に使うことによって、実に様々な「文化」を生み出してきました。
たとえば、映像の世界。ファンタジーやスペクタクルのような「実際にない世界」をスクリーンいっぱいに描き出す人々がいます。それは明らかに現実のものではありません。けれど、その創り出されたイメージを受けとめた人々はその映像から与えられる「情報」をもとにさらにイメージを拡げ、実際のものではないその世界に生きるものたちに共感し、共鳴し、そして時に感動し、涙します。
映像、絵画、音楽、文学。「アート」といわれるものは、その作者の持つイメージを人の目に触れ、感じられるように表出したものですが、それらのイメージの表出の中に共感や共鳴が起こる時、「アート」は人に感動をもたらし、生きる力を呼び起こすのです。
「実際にこの世に存在しないもの」が、それぞれの人の心にある条件や環境を伴って働きかけると、それは「実在のもの」と同じか、むしろそれ以上の力を持って、時に生きる力になったり倒れそうな人を支えたりするほどの大きな力……命のエネルギーにもなることが出来るのです。
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